株式会社パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス

株式会社パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス

創業者紹介

創業者メッセージ

創業会長 兼 最高顧問「安田 隆夫」
創業会長 兼 最高顧問
安田 隆夫

2019年、当社は社名を新たにパン・パシフィック・インターナショナルホールディングスに変更し、第二の創業期を迎えました。思い起こせば、ドン・キホーテの原点となるわずか18坪の「泥棒市場」という小さな店舗から始まった当社ですが、現在は2兆円に手が届こうとする企業にまで上り詰めることができました。

それを可能にした要因は何かと問われれば、やはり「逆張り」が挙げられます。我々は全くの素人集団としてスタートしました。従って、既存の流通セオリーやチェーンストア理論をなぞっても、当時すでに群雄割拠していた大手小売業に勝てるわけがないという理由から、敢えてその「真逆」を推し進めたのです。つまり、本部主導ではなく現場の一人ひとりに権限を委譲し、結果としてそれが、とてつもない化学反応を起こして、急成長の礎になったのです。

また、意外に思われるかもしれませんが、当社は攻撃以上に守備を重視する企業です。具体的には「攻撃3割、守備7割」という当社なりの黄金比でポートフォリオを増やし、加えて独自の「複利経営」を行ってきたことも、当社がドン・キホーテ1号開業以来の連続増収増益という金字塔を打ち立てられた直接要因と自負いたしております。

ちなみに現在、私が最も力を入れ取り組んでいるのは「DON DON DONKI」などを主体にした、海外における新事業(新業態)の起業と市場開拓です。なぜかと言えば、当社の10年後、そしてさらにその先の未来予想図から、今を逆照射して何をすべきか、しなければならないかを突き詰めた結果、私に最も適した役回りが、海外での起業だったからです。
ご承知のように、今後、日本国内の消費市場は、人口構造的にも経済構造的にも、シュリンク(縮小)していくのは明らかです。こればかりは、私たちの力ではいかんともしがたく、従って、日本を拠点としつつ、環太平洋(パン・パシフィック)にドメインを拡大した戦略展開をしていかない限り、当社の成長はありえません。そうした危機感を、逆にチャンスに変えようというのが、社名であるPPIHに込めた私たちの強い想いでもあります。

今後も、当社の企業理念集「源流」が定める顧客最優先主義と、権限委譲による個店主義を徹底し、国内のみならず海外でもご支持いただけるグローバル企業をめざし、第二創業期を力の限り歩んでまいる所存ですので、お客さま並びにパートナーさまをもちろんのこと、あらゆるステークホルダーの皆さまにおかれましては、これまで同様、変わらぬご愛顧のほどよろしくお願い申し上げます。

DON DON DONKI 1号店オープン時の朝礼の様子
DON DON DONKI 1号店オープン時の様子

PPIHグループ創業会長 兼 最高顧問
安田 隆夫

PPIHグループの創業者である安田隆夫は、当社の創業会長 兼 最高顧問であり取締役(非常勤)である。また、PPIHグループのアジアエリアにおけるホールディングカンパニーであるPan Pacific Strategy Institute 及びPan Pacific Retail Management (Asia)の会長 兼 社長 兼 CEOを務める。

1978年、安田は東京・杉並区に18坪のディスカウントショップ「泥棒市場」を開業し、深夜営業がブレークして成功を収める。80年、小売業の株式会社ジャスト(現パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス)を設立した。
さらに1989年、東京・府中市にドン・キホーテ一号店を開業。様々な困難を乗り越えながら急成長を続け、96年に株式店頭公開。98年東証二部上場、2000年に東証一部上場を果たした。
2011年4月に、グループ初の経営理念集である「源流」を上梓。顧客最優先主義を、ドン・キホーテグループの新たな企業原理として定める。
15年6月にドンキホーテホールディングス代表取締役会長 兼 CEOを退任し、グループ全体の創業会長 兼 最高顧問に就任する。またアジア事業の最高責任者として、Pacific International Holdings (現Pan Pacific Retail Management (Singapore))会長 兼 社長 兼 CEOに就任。
17年12月、シンガポールにアジア初出店となる、全く新しいコンセプト「ジャパンブランドスペシャリティストア」のDON DON DONKI オーチャードセントラル店を創業し、現在、シンガポール7店舗、香港3店舗、バンコクに2店舗をオープンさせている。同店は今後も、マレーシア、台湾、グアムなどへの出店を予定しており、今も安田は、環太平洋におけるPPIHグループの成長の総指揮を執っている。
また19年、当社取締役(非常勤)に復帰。ユニーを買収後、急拡大したグループ全体の経営、及び源流の浸透に心を砕く毎日である。
グアムにおける源流研修をはじめ、社内報「はらわた」の連載など、役員はもちろんのこと社員とのコミュニケーションを、様々な形で今も絶やさない。

1949年岐阜県生まれ。1973年慶應義塾大学法学部卒業。

私たちの原点

PPIHグループの創業者である安田隆夫は、誰よりも情熱を持って商売を追求し、常に顧客最優先主義を徹底しながら、「他の大手小売企業の真似は絶対にしない」という、独自の逆張り発想を貫き通しました。そうした創業の精神が次の世代へ営々と継承され、現在のPPIHグループがあります。

創業の精神

泥棒市場

当社グループの前身は、安田が1978年に東京都杉並区に開店した18坪の雑貨店「泥棒市場」です。小売業における経験もノウハウもネットワークもないような状態からスタートしました。コンビニエンスストアが深夜11時までの営業だった当時、深夜12時まで営業する、おもちゃ箱をひっくり返したようなこの雑貨店は評判となり、たちまち年商2億円を売り上げる繁盛店となりました。そのノウハウを引き継いだドン・キホーテ1号店が1989年3月に開業し、それを皮切りに、グループの規模はさらに拡大。創業当時から常識に捉われない発想で革新を起こし続け、そのDNAは現在も脈々と受け継がれています。

ナイトマーケット需要の発見・独特なお買い物空間の創造・信じて頼む「権限委譲」の開始

「DON DON DONKI」誕生秘話

DON DON DONKI

当社グループが海外進出に挑戦すると決めたとき、安田は「日本と同じドンキを作っても意味がない」と感じていました。そこで目をつけたのが日本の食品です。シンガポールでは、現地の人に人気の高い日本の食品が、日本の2倍から4倍くらいの値で売られていました。現地ではこれを(中間の流通業者が潤う)「ハーモニープライス」と呼んで、当たり前のこととして捉えられていたのです。安田は「こんなにお客さまを軽視した話はない」と憤ったそうです。当社の企業原理である「顧客最優先主義」とは、まさに真逆の状態だったからです。

また、これを解決することは、日本の食品を生産する人たちを支援することにもつながります。何よりも、日本企業の駐在員等の家族のみならず、シンガポールの消費者たちにも喜ばれ、結果として日本のイメージはさらに向上します。安田は、これは長年リテールのキャリアを積んできた自分だからこそできる社会貢献であり、天命、天職ではないかと直感しました。

当社グループは、商圏に合わせてすべての政策を変える「商圏第一主義」を徹底しています。また、「過去の成功体験にこだわらない創造的破壊」を最重視しています。そうしたことも踏まえて業態を組み立てると、国内の当社店舗とは全く異なり、工業製品をほとんど置かない、食品メインの商品構成となりました。
 こうして現地の人々に愛される「DON DON DONKI」が誕生いたしました。